2024年度 学習ガイドブックⅠ
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テーマ1(第1回提出課題課題1の作成に向けて)して医療や衛生の問題が、長与の尽力により行政上の課題として位置付けられたのである。長与専斎は現在の長崎県大村市の出身で、祖父も父も蘭学の素養を有した医師であったことから、幼少より西欧の智識に触れる機会は多かった。17歳になると祖父の勧めで当時蘭学教育で有名な緒方洪庵の主宰する適塾に入塾し、数年後には塾頭にまでなる俊才であった。日本を代表する思想家であり教育家、あるいは『学問のすゝめ』などで知られる福澤諭吉は長与の同窓であり、共に勉学に励み、また悪戯をした親友でもあった。適塾での学びを終えた長与は長崎遊学を経て政府の信頼を得たことから文部省の官僚としてほどなくして上京する。そして先の岩倉遣外使節団へ随行したことがきっかけとなり、それまで関心を寄せていた医学教育制度のみならず、疾病予防や感染症対策などの健康増進事業が近代国家の建設にとって重要であることに注目し始めるのであった。長与のこの気づきがあったことで、その後の保健所の仕組みやインフルエンザなどの感染症対策が政府の責任において進められることとなったのである。欧州より帰国した長与は、内務行政全般を所管していた内務省に衛生局が設置されたことで、初代の局長となり、衛生制度の形成と当時甚大な被害をもたらしていたコレラ対策とを同時に進めることが求められた。例えば明治12年のコレラによる死者は10万人を超えていた。ところが長与が西欧諸国の動向から学んだコレラ対策を行政活動の一環として開始すると、住民が反発し始めた。住民たちは長与たちの意図を十分に理解することができず、困惑した結果であった。政府の問いかけに対して患者を隠蔽する住民を前にして長与は、この政府と住民との間に登場した課題を解決するべく行動にでる。ここでは住民有志に対して政府の意向を説明する機会を設け、懇切丁寧を旨としてその理解を得るべく尽力することとしたのである。長与は「官」の意向と「民」の意向が協調することなく行政上の効果をあげることが困難であることを見抜いたのであった。また長与は、上水道や下水道を整備することが重要として、その実現に向け取り組んだ。近代日本にあって、コレラ菌に汚染された水を通じて患者が発生していたことから、これを管理することで疾病の予防を予定したのである。日本の環境衛生事業において、長与の貢献を無視することができない所以である。教科書では、衛生政策や行政組織の形成に尽力する官僚の姿だけでなく、日本の医学や通信事業の発展に貢献した長与又郎や岩永裕吉といった子どもたちを育てたこと、あるいは後藤新平や北里柴三郎など有能な部下を育成したことも紹介される。長与専斎を通じて、アイデアと行動力とをもって医師国家試験の普及や伝染病予防、さらには上下水道事業など、医療・衛生行政に熱心に取り組み、また部下や子どもたちの育成にも尽力した近代日本最初の衛生官僚の足跡を確認することができよう。なお本科目を履修するにあたっては、高等学校の日本史と世界史の教科書で取り上げられるテーマ、とりわけ近代以降についてあらかじめ概観しておくことが望ましい。◆学習をすすめるために・・・本科目の学習は、教科書および参考文献を用いて進めていく。まず、教科書および参考文献を通読することで、その概要を理解しよう。次に学習テ-マに従って学習を進めていく。テ-マ1では長与専斎の衛生行政論について、テ-マ2では長与専斎をとりまく人々(友人、同僚、家族など)について理解を深めよう。レポート学習で学ぶ範囲長与専斎の衛生行政論

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